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水族館の“マスカルチャー化”時代における集客(3)

中村 元(水族館プロデューサー)

水塊展示の驚異的な集客

 『水塊』は、筆者の本業である水族館プロデュースにおいても、最も大切な集客のキーワードだ。とりわけ水塊を前面に押し出して展示をプロデュースした水族館が、昨年8月にリニューアルオープンした池袋のサンシャイン水族館と、本年7月にオープンした北見市のおんねゆ温泉・山の水族館である。
 この2つの水族館には共通点があった。どちらも海から離れた内陸の水族館である点が一つ。そしてサンシャイン水族館はビルの最上階のため非常に狭く、山の水族館は超低予算のせいで建屋を小さくせざるをえなかったという、どちらも規模の小さい水族館である点だ。
 しかし筆者はいずれの水族館でも、美ら海水族館の圧倒的な水中感を超える『水塊』を実現することを目指した。水槽の規模の数値的な大きさでは、美ら海水族館どころかたいていの水族館にも勝てない。しかし展示の進化のさせ方次第では、既存のどんな水槽よりも人々を水中の世界に引き入れることができるはずだと考えたのである。
 水族館スタッフとあらゆる検証と努力を重ねることにより、サンシャイン水族館ではサンシャインラグーン水槽をはじめとする多くの展示で最高の『水塊』を実現し、山の水族館は世界初の滝壺水槽や渓流の再現で、今までに存在しなかった『川の水塊』を実現した。
 その結果、サンシャイン水族館は1年間で224万人という、その規模からはおよそ考えられない集客数を記録した。延べ床面積が約5倍、総水量が約50倍もある名古屋港水族館の最大集客数が290万人であったことを考えると、小さなサンシャイン水族館の224万人がいかに驚異的な数字であるかが理解できるだろう。
 一方、今年オープンしたばかりの山の水族館は、建物込みの総工費がわずか3億5千万円という通常の水族館の20分の1ほどの超低予算で、さらに田舎にある淡水だけの水族館というハンディを抱えながら、旧水族館の最高年間集客数5万人をわずか1ヵ月で達成し、1年の集客は30万人に達する予想だ。建設費が新江ノ島水族館の18分の1にも関わらず、集客数は6分の1であるから、その集客力と採算性は奇跡的とさえ言える。

サンシャイン水族館のサンシャインラグーン水槽は、展示技術を進化させることで、小さな水量にも関わらず、日本最高クラスの水塊度を実現した。

アシカが天空を泳ぐこの水槽は、全国の人々にサンシャイン水族館のリニューアルとそのコンセプト『天空のオアシス』を伝えた。

山の水族館は、従来の淡水水族館がなしえなかった川の水塊を、滝壺を見上げる景観によって創り出した。

山の水族館の四季の水槽は、春から夏にかけては日本初となる激流を表現し、冬になれば分厚い氷が張る世界初の水槽となる。氷の下の世界という北海道らしさは『北の大地の水族館』の呼称にふさわしい。

水族館の思想が集客の鍵

 筆者が水族館をプロデュースする際にまずやることは、ターゲティングを定めた上でコンセプトコピーをつくることだ。コンセプトコピーとはつまり、その水族館の展示が主張する思想であり、利用者に提供するもののコンセプトを端的に表す言葉である。(どの水族館にもあるいわゆる展示テーマは展示の切り口のことであり同じものではない)
 サンシャイン水族館では『天空のオアシス』、山の水族館では『北の大地の水族館』、新江ノ島水族館では途中段階での決定になったが『ニッポンの水族館』など、それらはオープン後のキャッチコピーとしても使われている。
 なぜ、そのような思想的コンセプトが必要かと言えば、一つには、新たな水族館の主張や目標がはっきりしなければ、展示(水槽)づくりに一貫性を持たせられないからである。いくつもに分かれた飼育部門や担当者の、それぞれの感性を自由に発揮させていたら、水族館はまとまりのないものになってしまう。それでは一つの作品いや商品にならないのだ。プロデューサーがその水族館の思想を決め守ることによって、人格のある水族館が生まれる。(繰り返しになるが、これは展示テーマの一貫性のことではなく、あくまでも水族館の思想の一貫性のことである)
 そして二つ目の理由が、広報やパブリシティーには、水族館のキャラクターを明確にすることが強力な武器となるからである。際だったタレント性を発揮できるキャラクターとは、世間の興味を惹くことができる特徴を持ち、さらにその分野では一番でなくてはならない。その際だったキャラクターとなるのがコンセプトおよびキャッチコピーそのものなのである。

 だから、『天空のオアシス』であるサンシャイン水族館は、都会の癒しや潤いというキーワードでメディアに出ることが多くなり、『北の大地の水族館』である山の水族館は、北海道の自然や気候をテーマに紹介される。もちろん、それらのコンセプトは、それぞれの地で最も大衆を惹きつけるキーワードの一つであり、このコンセプトから外れずにイベントや新たな展示を行えば、引き続きパブリシティーや利用者の関心を惹くことも間違いない。サンシャイン水族館では2年目の夏にビヤガーデンのイベントが大成功を収めたが、それも『天空のオアシス』のコンセプトが周知されていたからに他ならない。



※禁転載。ここに記載されている全ての写真、文章などは中村元の著作に帰属します。