この原稿は、綜合ユニコム発行「月刊レジャー産業2012年10月号」に掲載された中村元の寄稿文です。
月刊レジャー産業2012年10月号
特集:可能性秘める水族館ビジネス―集客の鍵を握る“魅せる展示”とは
水族館事業の展望
水族館の“マスカルチャー化”時代における集客(1)
(株)中村元事務所代表 中村 元(水族館プロデューサー)
■ 水族館人気の誤った解釈
近年、水族館の利用者が増えるとともに新たな水族館やリニューアルが相次いでいることの原因を、水族館建設の技術革新と飼育技術の向上ととらえようとする向きは多いが、そらはかなり誤った解釈の仕方だ。利用者は工事の技術や飼育方法に興味は示さない。大切なのは"展示の考え方や技術"であり、建設技術や飼育技術は、新たな展示を実現するための手段にすぎない。
さらに水族館を訪れる人が増えている理由ともなれば、それは展示の進化だけで語れるものでもなく、博物館などの展示施設の中で水族館だけが、日本でもようやく大衆文化(=マスカルチャー)として広く認知されるようになってきたからである。
この稿では、現代の大衆文化としての水族館の在りようと、それを背景として集客に成功するための、展示の考え方ならびにプロモーションの方法について述べようと思う。
■ 水族館のターゲットは大人
さて、水族館が動物園と同等に扱われることは永らく続いてきた。陸上の動物がいるのが動物園で 水中の生物がいるのが水族館という考え方だ。さらに、水族館も動物園も博物館や美術館の一種であるという考え方も強く根付いている。展示物が生きている生物であるのが水族館や動物園であるという論理である。
このような水族館の社会的な素性については、水族館の成り立ちから考えればもっともであり、水族館の運営者側がそのように主張しているのも当然の成り行きである。
しかし一方、利用者の側から見たときに、水族館という施設は動物園や博物館とはかなり違ったものとして認識されている。
まず、言うまでもなく水族館の集客力は博物館や美術館よりもはるかに強い。ただしその理由として、水族館が動物園と同じく動物が好きな子どもを集客できるからだと信じられているのは大きな誤りだ。動物園の年間利用者数も水族館とほぼ同じく約3千万人なのだが、その大人対子どもの比率は、動物園がおおよそ半々であるのに対し、水族館のそれは大人7:子ども3、あるいは大人8:子ども2と格段に大人の利用者が多いのである。これはとりたてて驚くことではなく、水族館が人口の比率に近い全ての年齢層に利用されていることの証しにすぎない。動物園は子ども文化、水族館は大衆文化なのである。さらに付け加えれば、日本では博物館や美術館はハイカルチャー(専門の知識が必要な文化)として一般的に認識されている。これらの事実は言うまでもなく、水族館が動物園や博物館とは違った利用のされかたをしていることを表している。
■ ハイカルチャーの大衆文化化
集客に苦労している水族館の多くは概ね、前述した利用者層を認識していないかあるいは知っていながらも無視をして「水族館とは動物園とともに、生物や環境など自然科学の知識を教育する社会教育施設である」と考えている。
実はこの「社会教育施設」という考え方が集客を落とす大きな原因だ、教育と言ってしまったら対象は子どもということになる。ところが現代の子どもの数など、料金対象内だと人口のわずか8%にすぎず、さらに一人頭の料金は大人の半分以下である。子どもを対象にしていたら採算が取れなくなるのは当然の結果なのだ。
ここで多くの水族館が「子どもが家族を連れてくる」と主張する。しかしそれもまた根拠のない屁理屈にすぎない。小さな子どもは水族館よりも動物園に行きたがるもので、水族館に家族を連れてくることはない。そして小学3年生にもなれば、大人の感性に耐えうるものにしか興味を示さなくなる。そもそも、見るもの全てに興味を持つのが子どもの習性なのだ。子どもをターゲットにするにせよしないにせよ、大人のための水族館づくり(展示計画)を行わねばならないのが当然の理屈である。
この理屈を認識できなければ集客には苦労するだろう。ようするに、多くの水族館はマーケティングを真剣にやってこなかった。ターゲットを漫然と子どもとしながらも、その子どもの考え方や動向にさえ無知であった……という驚くべき実態があったのである。
では、社会教育施設でなければ水族館はなんなのであろう。生涯学習施設と考えればいいのだ。水族館を含めた博物館施設の監督官庁である文部科学省には、生涯学習政策局という部局があり、その中に社会教育課がある。ならば水族館が、社会教育を含む生涯学習を目差していけないことはない。むしろ社会教育という文言には「お上が国民に文化的教養のために教育をする」と言った趣きがあるが、生涯学習は「国民が自ら教養を持ち文化を楽しむ機会を持つ」という視点であり、それはかつてヨーロッパの大衆が、貴族のものであったハイカルチャーを、民衆が楽しむマスカルチャー(大衆文化)へと改革したのと同じ意味を持つ。
そのようなわけで、筆者の水族館プロデューサーとしての基本は、大人をターゲットとした水族館であり、そこで最も大切にしているのが、水族館のマスカルチャー(大衆文化)化なのである。