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新江ノ島水族館立体生物図録 II
タカアシガニ(メス) 高脚蟹 Macrocheira kaempferi
世界最大の甲殻類タカアシガニは、日本の霊峰富士のふもと日本最深の湾である駿河湾を中心にした、水深200〜500mの深海底にいる。オスは長いハサミ脚を広げると、その幅3mを越え、大きなものは4mに達する。深く暗い海底に小山のようなカニがいくつも蠢いている光景を想像するだけでドキドキする。フィギュアのモデルはメスで、オスほどの迫力はないが、それでも1mはゆうに越える大きさだ。産卵は水深30mくらいのところで行う。カニはヒトや魚類のように体が袋状になっていないので、海水は体の中を素通しになっていて、水圧の影響を受けることはない。
オオグソクムシ 大具足虫 Bathynomus doederleini
水槽の底で蠢き這い回る、押しつぶされたような肉色の姿に、オオグソクムシを大糞虫と誤認する方が圧倒的に多い。しかし具足(グソク)は鎧、大きな鎧を着込んだ虫なのである。正確には昆虫ではなく、ダンゴムシに近い節足動物で、サングラス風の目がニヒルだ。オオグソクムシは水深200〜600mの海底に住み、泥に沈殿した有機物や、腐敗した生物死骸を食べている。しかし、この生物が実に見事に泳いで見せてくれた。呼吸のためのエラを、オール代わりに滑らかに動かしながら、脚でバランスを取る。くるりとバック転して、彼の深海が無限の広さをもっていることを主張していた。
バンドウイルカとトレーナー 半道海豚 Tursiops truncatus
イルカはとても興味深い動物だ。ヒトと共にショーをすることを、餌をもらうため、つまりビジネスとして行っているのではなく、自ら楽しみ、打ち込んでいるように感じることがしばしばある。同じようにヒトも興味深い動物だ。イルカという異形の生物と心を通わせたいと願い、ショートレーナーになることをあこがれる。ショーはどちらにとっても仕事のはずなのだが、双方が互いにショーを創り上げていることに喜びを感じている。イルカを楽しませながらトレーニングすることが、ショーを学習させることの秘訣だが、その過程で得た楽しさと信頼感が、ショーのはしばしに現れているのだろう。
ナヌカザメの誕生 七日鮫 Cephaloscyllium umbratile
ナヌカザメの仔が、今まさに卵から生まれ出ようとしている。ナヌカザメは、半透明のプラスチックのような固い殻の卵を産む。卵殻の形は西洋の楽器ハープのような形をしていて曲線が美しい。巻き毛のような紐は、卵が流されないよう海藻や岩などに巻き付けておく命綱だ。仔はこの卵殻の中で1年近くをかけて成長し、すっかり大人の姿になってから誕生する。もぬけの殻になった卵殻が、海岸に打ち上がることがあり、いにしえの人々はそれを「人魚の財布」と信じた。ナヌカザメの生命力は強く、陸に上げても七日間生きているという意味で付けられた名前。人魚の財布の持ち主にふさわしい霊力だ。
ミズクラゲ 水海月 Aurelia aurita
クラゲによる癒しは、その効果がとりわけ高いと言われる。クラゲには意思らしきものをほとんど感じない。彼らはただ流れにまかせて漂うことをよしとする。もし彼らにいくらかでも意思があって、水槽の中で隠れてみたり、餌を欲しがったり、踊ってみたりしたら、きっと可愛いらしさを覚える分、感情移入してしまう自分にストレスを感じることだろう。クラゲは、何も考えずに今日を生き、何も頑張らずに餌を食べ、何の目標も定めず風流な人生をおくることができる。高い目標を持ち、考えて頑張って生きていても、どこまでも満たされることのないヒトは、クラゲより不完全な生物なのかもしれない。
オットセイ(メス) 膃肭臍 Callorhinus ursinus
オットセイの名前は、漢方の強精剤「膃肭臍」の日本語読みがそのまま付けられた。膃肭臍とはオスのペニスを乾燥させたもので、江戸時代には日本でも盛んに製薬されていた。一方、英語では、アシカ科の仲間にもかかわらずfur seal(毛皮アザラシ)と名付けられた。毛皮の主流だったアザラシよりも質のいい毛皮が取れるので、特別毛皮のいいアザラシと呼ばれるようになったのだ。いずれにしてもオットセイにとっては、奪われるペニスと毛皮の商品名で、うれしくない名前である。現在では国際保護動物であり、新江ノ島水族館には、特別に許可された2頭のオットセイが飼育されている。
フンボルトペンギン フンボルト人鳥 Spheniscus humboldti
日本人はペンギンが好きだ。日本国内におよそ2千5百羽のペンギンが飼育されている。その中でもフンボルトペンギンの数はずば抜けて多い。日本の気候が彼らの生態によくマッチしたらしく、国内で次々に繁殖をした結果だ。しかし今、彼らの故郷では生息数が減って絶滅危惧種として心配されている。エルニーニョの影響もあるが、漁業によるカタクチイワシの乱獲で餌が激減していることが大きな原因の一つだ。古い時代には、彼らの巣穴場だったグアノ(鳥の糞の土)が、肥料としてヒトに奪われて深刻な事態に陥ったことがある。ヒトはいつも、野生生物と資源の奪い合いをする運命なのだろうか。
ウツボ Gymnothorax kidako
の字は訓読みで「うみへび」と読む。見るからにウミヘビのようだが魚類。ウナギ目のグループで、ウロコはなく粘液で体を包んでいる。姿形が嫌がられる上、鋭い歯が並んだ危険な魚として、あまり好かれないが、正面から見ると、ほっぺのふくらんだ丸い顔につぶらな瞳と、魚としてはそうとうに可愛い部類だ。狭い水槽に過密状態で押し込まれることが多いが、喧嘩もせずに仲良く身を寄せ合っているようすは、さほど剣呑な魚には思えない。夜になるとニョロニョロと泳ぎだして活動を始める。武士が腰に付ける矢筒のことを靫(うつぼ)と言い、形が似ているところからウツボの名前になった。
ミナミゾウアザラシ 南象海豹 Mirounga leonina
日本唯一の雄ゾウアザラシのミナゾウくん、実際に会うとその巨大さに驚く。体長4.5m体重2トンの巨体に大きな頭と目は、恐竜にでも会った気分だ。この巨体は成長したオスだけに見られる特徴で、メスは600kgほどにしかならない。オスの巨体は、適齢期の仲間と戦い、ハーレムでの繁殖権利を勝ち得るためだけに使われる。メスの奪い合いや交尾の最中には、この巨体にのしかかられ圧死する新生児や、傷つくメスも多く、ヒトのオスが引き起こす戦争に思いが重なる。ミナゾウは、その巨体にかかわらずとてもおだやかな性格なのだが、もしメスが目の前にいたら、海豹変するのかもしれない。
クロホシイシモチ 黒星石持 Apogon notatus
浅い岩礁帯に群れをなして暮らしているが、繁殖期になると雌雄がペアを組んで群れを離れる。フィギュアのモデルは新江ノ島水族館で繁殖するオスで、口の中にメスが産んだ卵をくわえている。オスは仔がフ化するまでの約2週間、なにも食べずに保護する。口内保育をしているオスはふだんの顔つきよりアゴが張り、いかにも凛々しいお父さんの風情である。ときおり口をぱくぱくと開き、新鮮な海水を卵に送っている。イシモチの仲間は、大きな耳石(じせき)を持っていることから石持の名前がついたのだが、オスのたくましく変形した顔と献身的な姿には、「意思持」の名前をあげたくなる。
クマノミ 隈之実 Amphiprion clarkii
歌舞伎役者の墨と紅による奇怪な化粧を「隈取り(くまどり)」と言う。クマノミ=隈之実の<隈>は隈取りのこと、<実>は小さな魚のことを表す。つまり歌舞伎役者の化粧をした魚という意味。クマノミはイソギンチャクと共生していると言うが、イソギンチャクにはクマノミを呼び寄せる意思表示もなく、一方的にイソギンチャクを家として利用しているようにしか見えない。クマノミがマッサージして常にイソギンチャクを開かせ、大きく育てるとの説も、自分の家を大きくしたいだけと言える。腹が減るとイソギンチャクの毒のある触手を食べることもあり、まさに隈之実、歌舞いて生きている。
ナミダカサゴ 涙笠子 Rhinopias argoliba
旧江ノ島水族館から新種として報告された超希少種。1971年に伊豆海洋公園沖水深50mのところで採集され、旧江ノ島水族館にて4ヶ月飼育展示された。この間平均14日に1度脱皮することが観察されたとのこと。目から涙を流しているような模様からナミダカサゴと命名された。学名も銀色(argon)の涙(liba)から付けられたそうだ。カサゴは深いところに住むほど体色が赤くなるが、ナミダカサゴの鮮やかな赤色と一筋の涙はとても美しい。新種として登録された標本は、模式標本という特別な位置づけの標本となって保存されるが、フィギュアはそのレプリカということにもなる。
ヒラスズキ 平鱸 Lateolabrax latus
丸太のようなスズキよりも体高が高く、平らに見えるのでヒラスズキと名付けられた。背の盛り上がりが力強く、大きく張った目に、いぶし銀のように輝く黒い体色と、実に格好のいい魚だ。川にも昇るスズキに対し、ヒラスズキの方は荒い磯が住まいの硬派で、磯釣りの、特にルアー師たちにとっては憧れの魚。釣れても場所を知られたくないから、隠して持って帰るほどなのだそうだ。新江ノ島水族館では、相模の海の大水槽の岩陰にいる。いつでも獲物に突進できるような、緊張感を漂わせた黒い影に気づくはずだ。鱸の「魯」は黒いという意味である。
マサバ 真鯖 Scomber japonicus
庶民の魚であったサバも今や高級魚。漁獲量が減っている上に、味のいい鮮度を保って流通しはじめたのと、青物のドコサヘキサエン酸が注目され、美味しくて滋養に富んだ魚に昇格したのだ。かつて大量に獲れた時代、鯖の生き腐れと称されるほど短時間で鮮度が低下するため、市場ではロクに数を数えずに取引をした。そこから数をごまかす「鯖を読む」の表現が生まれたとのこと。また相撲の技であるサバ折りは、釣るのに忙しくて〆る時間がないので、釣れたとたんサバの背骨を折って即死させ、鮮度を保ったことが語源になっているらしい。サバは人間社会のいろんなところに影響を与えている。
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