56P 中村元のTHE水族館コラム
col.1:水族館は展示が命
水族館は、野生動物を展示するつまり見せるための施設だ。したがって、飼育や繁殖の技術が必要な以上に「展示」の技術が求められる。では展示とは何なのか?水族館を含む博物館一般において、展示物とはその展示対象物に関わるさまざまな「情報」のことである。
例えば1匹のトノサマガエルを展示するとする。その場合の展示物は、トノサマガエルそのものの形態だけには終わらない。カエルの生態、カエルの変態、カエルの住む環境、カエルの能力、カエルとヒトとの関係、さらには「カエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ、合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ」の早口言葉でさえもカエル情報だ。そんなカエルに関わるさまざまな情報を、カエルと共に展示する。そうやって提供されたものが「展示物」というわけだ。
そのため現代の水族館では、動物を展示するにあたっては、生息する環境などの情報を含めて、展示することが多い。少なくとも、カエルの生息環境や、そこでの行動を含めて展示しようと努力がなされているのだ。それがすなわち、近ごろ旭山動物園の成功で注目を浴びている「生態展示」であり「行動展示」なのである。
例えば、日本の川の魚を展示するときには、水槽に配置された岩や石の間を流れる川が再現され、陸上部には草や木が茂って川面に影を落とす。そんな手間がごく普通に行われているだろう。
これは、地味な川魚に興味のない観覧者の目を、環境的な生態と、魚たちが川上に向かって泳ぐ行動で引きつける展示テクニックだ。さらに、アユが縄張りを守る行動を見つけて、興味深く観察する人が現れれば、もう一つの展示トラップも発動したことになる。
展示を主体に考えると、水槽をつくるテクニックは多岐にわたって必要だ。(ここで言うテクニックとは、展示のデザインの技法のことであって、水槽造りの技術のことではない。)
例えば、アクリルガラスの可塑性と技術を用いれば、どんな水槽でも可能ではあるのだが、それでも基本的には窓ガラス型の水槽が多いのは何故なのだろう?
それは、限られた大きさの窓から中を覗くという方法が、水槽の内部にどこまでも続く広さを錯覚させる最も有効な方法だからである。実のところ、水槽内を広く見せるためだけなら、窓はある程度小さい方が得だ。水面や水底それに壁の存在が見えなければ、限りなく広がった水中を演出できるからだ。
ただしそれは水槽の中を覗いたときの視覚であり、離れて水槽を眺めた時には、当然ながら窓ガラスが大きい方が大きく感じる。そこで、眺めても覗いてもどちらも最大限に見せる大きさのバランス、それに建築コストという条件のバランスをとって、水槽のガラス窓の大きさが決まるのである。
展示をデザインするときの要素には、さらに、擬岩の配置の仕方、ライティングの方法、水槽壁面の色など、さまざまな要素が無数にあるが、それらの要素は水中という特殊な条件下で、思わぬ方向に変化する。その変化の知識を経験的に持っていて、効果的に対処するのが、水槽づくりのテクニックだ。このテクニックは、擬岩デザイナーや水槽工事者ではなく、我々水族館側に求められる。
そんな展示技術を持って実行している水族館(水槽)と、そうでない水族館(水槽)の違いは、あからさまではないにしろ、著名な画家の絵と、そこそこに上手な人の絵との違いほどには違う。
全国の水族館を見て回ると、水族館や水槽の大きさには関係なく、巨匠の大作を見たかのように惹きつけられる水槽と出会って感銘を受けることがある。展示テクニックがピカリと光る、胸を打つ水槽を探して歩くのも、水族館巡りの楽しみの一つだ。
中村 元