中村元による「あとがき」

天才でも秀才でもない。出自にも強運にも恵まれてない弱点だらけの人が、困難なプロジェクトを成功させることができるだろうか? もちろんできる、世の中そんな例ばかりだ。弱点と困難こそが“進化”をもたらす最大のアイテムなのだから。

野性のアシカの子どもたちを観察するのが好きだ。アシカの子たちは同年生まれの小さなグループで、逆に私を観察しにやって来る。たいてい一列になって、先頭は身体も大きく好奇心と自信に満ちた顔のガキ大将、ドラえもんのジャイアンタイプだ。そのうしろに続くのは、頭が切れそうで絶えず注意を怠らない秀才、出来杉くんタイプ。そして最後におどおどと付いてくるのが、身体も小さく見るからに臆病な、われらがのび太タイプだ。
アシカは一頭のオスが複数のメスを独り占めするハーレム形式で子孫を残すから、とうぜん、ドジで間抜けなのび太アシカはハーレムの主にふさわしくない。生まれた直後から落ちこぼれのアシカ人生を歩み始めているというわけである。
しかしだ。もしのび太アシカが子孫を残せないのなら、なぜアシカ社会にのび太アシカが生まれてくるのだ? その理由はおそらく、アシカの子たちが海に入って泳ぎ始めるころ、ホホジロザメが彼らを狙ってやってくることがあり、とりわけ数が多く危険な時代では、臆病でなかなか海に入ることのできないのび太アシカにこそ生き延びるチャンスがあるからだ。
アシカの社会では、時代や環境によって生き残るタイプが違う。つまり、それぞれのタイプの能力を存分に発揮した者にだけ、生き残るチャンスがあると言っていい。

アシカ社会よりも複雑なヒト社会ならば、そのチャンスはどこにでもある。大切なのは、弱点を克服することではない。自らの弱点を生かすことのできる場所や方法を、いかに見つけるかなのだ。もし、どうしても見つけられなかったら、チャンスを自分でつくることができるのもヒト社会である。弱点と困難は、わたしたちに進む道を示してくれるのだ。

本著はどうやら水族館の成功マニュアル本ではない。天才でも秀才でもない弱点だらけの私がどうやって生きているのかが紹介された本である。そんな弱者の生き残り本を刊行したいと企画してくれた講談社の灘家薫氏、そして私の非常識な勝手理論に長時間付き合い、一冊にまとめていただいた牧野容子氏に、あらためて深く感謝を申し上げる次第である。